普遍論争(Universalienstreit)– 西洋哲学史と倫理学のキホン(46) –

私たちは、この世界のなかのさまざまなモノ=個物を、個物のあいだに共通する特徴ごとに、〝動物〟とか〝人間〟とか〝日本人〟というように「種」や「類」に分類する。
こうした「種」や「類」を「普遍」と呼ぶが、スコラ哲学においては、〝普遍は実際に存在するのか、それとも知性がつくりあげたものにすぎないのか?〟という問いをめぐって大きな論争が行なわれた。
それが「普遍論争」である。

「普遍論争」を行なった哲学者たちの立場は、「実在論」(実念論)と「唯名論」(ゆいめいろん)に大別される。

まず、「実在論」は、普遍が個物に先立って実在し(「ものの前なる普遍」)、個物は普遍のあとに成り立つと主張する立場である。
たとえば山田一郎、鈴木花子、佐藤次郎という3人がいたとすると、彼らは〝人間〟という普遍で括(くく)ることができる。
このとき、〝人間〟という普遍そのものが3人に先立って実在すると主張するのが「実在論」である。
スコトゥス・エリウゲナ(810頃~877以降)やアンセルムス(1033~1109)などが、「実在論」の代表に挙げられる。

一方、「唯名論」は、普遍は人間がつくり上げた個物の〝後ろ〟の名前(「ものの後なる普遍」)にしかすぎず、それ自体として実在するものではないと主張する立場である。
先の例で言えば、〝人間〟という普遍は名前だけのものであり、実在するのはただ山田一郎や鈴木花子といった個物だけであると主張するのが「唯名論」(ゆいめいろん)である。
ロスケリヌス(1050頃~1125頃)やウィリアム・オッカムなどが、「唯名論」の代表である。

この他、普遍は個物と別個に存在するのではなく、それぞれの個物のなかに実在し(「ものの内なる普遍」)、思考によって心の内に概念として表れると主張する立場もある。
この立場は、「実在論」と「唯名論」を調停する第3の立場として「概念論」と呼ばれることもあり、その場合、アベラール(1079~1142)が代表とされる。

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